中学生の頃から、中間テストや期末テストが近づいてくると、無性にテスト勉強以外のことがしたくなった。
私の母校ではテスト期間の1週間前になると部活動がなくなったが、部活がない期間になるとなぜか突然に部活への情熱が湧いてきて、普段はしないテニスラケットの素振りを家でやったりする。
他にも突然思いたって部屋の掃除を始めたり、誰かに手紙を書きたくなったりする。
しかし、いざテスト期間が終わって自由な時間ができると、部活への情熱は凪いでしまい、部屋が散らかっていても気にならなくなり、手紙を書きたかったということさえ忘れてしまう。
おそらくこれは「しなければならないことが明確に決まっているときにかぎって、他のことをしたくなる(そしてしなければならないことが終わると他のことをしたい情熱もなくなる)」という習性のせいで、年末の大掃除の時に『ドラゴンボール』を全巻読み返してしまったり、翌日に早朝会議がある夜に『ドラゴンボール』を全巻読み返してしまうのも原因は同じではないかと思う。
この習性は社会人になった今でも変わらず、何らかの資格試験を受けると決めて、受験料の支払いを済ませ、試験日が近づいてくると、中学生の頃と変わらず無性に試験勉強以外のことがしたくなる。
私ごとではあるが、2021年10月10日(日)に「プロジェクトマネージャ試験」を受験した。
プロジェクトマネージャ試験は独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)が実施している国家試験(情報処理技術者試験)のうち、「高度な知識・技能を求められる」とされる高度試験の1つで、そのなかでも情報システムの構築・保守などのITプロジェクトを実行・管理するプロジェクトマネジメントの知識を問う試験である。
情報処理技術者試験について詳しく知らない人のために説明しておくと、プロジェクトマネージャ試験は「ITを利活用するすべての社会人」を対象としている「ITパスポート試験」の3つ上の区分だ。
ITパスポートが『ドラゴンボール』に登場するフリーザの第1形態だとすると、プロジェクトマネージャ試験は最終形態にあたる。
IPA 試験区分一覧(https://www.jitec.ipa.go.jp/1_11seido/seido_gaiyo.html)に掲載されている図に注釈を追加
情報処理技術者試験についても『ドラゴンボール』についても詳しく知らない人のために説明しておくと、ITパスポートが『聖闘士星矢』の青銅聖闘士(ブロンズセイント)だとすると、プロジェクトマネージャ試験は白銀聖闘士(シルバーセイント)、黄金聖闘士(ゴールドセイント)を超えたオリンポス十二神にあたる。
IPA 試験区分一覧(https://www.jitec.ipa.go.jp/1_11seido/seido_gaiyo.html)に掲載されている図に注釈を追加
なぜプロジェクトマネージャ試験のレベルを強調するのかといえば、この記事の執筆現在(2021年10月29日)で試験の結果は出ていないが、もし私が不合格だったとしても笑わないでほしいからだ。
ちなみに、プロジェクトマネージャ試験の合格率は例年13%前後である。フリーザ最終形態だのオリンポス十二神だの言うよりこの数字を言ったほうが早かったかもしれない。
プロジェクトマネージャ試験には午前Ⅰ、午前Ⅱ、午後Ⅰ、午後Ⅱという4つの試験があり、このうち午前Ⅰは高度試験の1つ下の区分(フリーザ第3形態、または黄金聖闘士(ゴールドセイント))にあたる応用情報技術者試験に2年以内に合格している場合などは免除される。
私はギリギリ2年前に応用情報技術者試験に合格していたので、今回受験したのは午前Ⅱ、午後Ⅰ、午後Ⅱの3つだ。
午前Ⅰ試験は9つある高度試験のすべてで共通の出題内容なので、プロジェクトマネージャ試験に独自の内容が出題されるのはこの3つの試験になる。
IPA プロジェクトマネージャ試験要綱(https://www.jitec.ipa.go.jp/1_11seido/プロジェクトマネージャ.html)より
各時間の出題形式は上の表のようになっている。
午前Ⅱ試験は問題文の4つの選択肢から正しいものを選ぶ、マークシートを使った選択式の試験だ。
出題数は25問で試験時間は40分なので、1問およそ1分30秒のペースで解答する必要がある。午前Ⅱ試験で問われる知識はITパスポートなど下位の試験区分と共通している部分が多いが、やはりプロジェクトマネージャ試験だけあってプロジェクトマネジメント分野(ITプロジェクトの実行・管理についての知識を問う分野)に関わる問題の比率が高い。
午後Ⅰ試験はA4の用紙4〜5枚にわたる長文を読んで、設問で問われていることに10〜40字程度で解答する記述式の試験である。
問題文には、架空の企業の情報システム構築プロジェクトについて、そのプロジェクトが立ち上がった背景、要員などの体制、進行中に起こったできごとなどが図表を交えて書いてある。設問ではそのプロジェクトについて、プロジェクトマネージャの視点から「ここでこの対策を行った狙いは何か」、「ここで注意するべきことは何か」という内容が問われるので、問題文のなかの記述や自分の知識を使って解答を記述する。
人によって違いはあると思うが、私はこの午後Ⅰ試験の学習が3つの試験のなかで一番楽しかった(試験本番が終わっても趣味で午後Ⅰの問題を解きつづけるほどではないが)。
解答を導き出すためにはもちろんプロジェクトマネジメントの知識が必要なのだが、問題文で説明されている架空のプロジェクトは毎回違うものなので、問題ごとに「今回はどの知識、テクニックを使えばいいのか」を考える楽しみがある。
午後Ⅱ試験はA4の用紙1枚に書かれた問題文で問われている内容について、3つの論文(設問ア.が800字以内、設問イ.が800字以上1,600字以内、設問ウ.が600字以上1,200字以内)を2時間以内に書く論述式の試験である。
この午後Ⅱの論述試験が、プロジェクトマネージャ試験の1番の特徴であり、最も難関とされている試験だ。
設問の内容は、過去に携わったシステム開発プロジェクトでの経験や考えをもとに答えることが前提になっているので、他の試験と違ってシステム開発の経験者でないと問題文で問われていることに対する解答が用意しにくい。
そのうえ、最低でも2,000字以上にわたる論述に一貫性を持たせて、しかも2時間以内に手書きで書く必要があるので、システム開発に関わる知識はもちろん、論理性や集中力が求められる。
プロジェクトマネージャ試験の試験日は10月10日なので、私は7月下旬あたりから試験の勉強を始めた。
この試験に合格するのに必要な勉強時間については、「人によって違う」としか言いようがない(特に午後Ⅱ試験の勉強についてはシステム開発の経験があるかないかで差が大きいと思われる)が、私の場合は平日は帰宅してから平均1時間程度、休日は平均で2〜3時間程度、プロジェクトマネジメントについて勉強する日々が2ヶ月強つづいた。
このような状況になると、やはり中学生の頃以来の習性で資格勉強以外のことがしたくなってくる。
毎度毎度、こういう時は普段の趣味嗜好とは関わりのない突拍子もないことをやりたくなることが多いが、今回やりたくなったのは以下のようなことだ。
何の影響でそんなことがしたくなったのか、覚えているものと覚えていないものがあるが、3.と5.については何に影響されたかを明確に覚えている。それぞれ、『シャン・チー』と『クイーンズ・ギャンビット』を見たのが良くなかったのだ。
何らかの資格試験を控えている方は注意してほしい。
Netflixのオリジナルドラマ『クイーンズ・ギャンビット』については、2020年10月に配信された頃に全7話をひと通り見ており、その時は「チェスを始めたい」という気はまったく起こらなかった。しかし、試験勉強をしている期間は何かをやりたくなりやすい状態になっているので、この期間に再見して突然チェスを始めたい情熱が湧き上がってしまった。
同時期に、同じくNetflixで配信されているドキュメンタリー番組『世界の今をダイジェスト』のチェスの回を見てしまったのも良くなかった。インタビューを受けるグランドマスター(チェスプレーヤーの最高位)、ヒカル・ナカムラがチェスについて語る様子が、お気に入りの遊びについて話す子どものようであまりに眩しかったのだ。
3.太極拳については気軽に始められる伝手がなかったので、それほど資格試験の勉強の障害にはならなかった。最寄り駅に太極拳教室のポスターが貼ってあるということはなかったし、近所の公園で早朝に太極拳を行っている人たちを見かけたこともない(私の起床時間が遅いだけかもしれないが)。
しかし、5.チェスついては1人でも始められそうだし、1,000円前後でプラスチックのチェスボードと駒も買えてしまう。なんなら道具さえ買わなくても勉強は始められるかもしれない。
というわけで、資格試験の勉強をしている期間、息抜きと称してけっこうな時間チェスについて調べてしまった(ボードと駒も1,000円前後のプラスチック製のものを買ってしまった)。
プロジェクトマネージャ試験の勉強からの逃避としてチェスについて調べていたが、脳裏にはやはり試験勉強の内容がこびりついているので、本を読んでいるうちにどうしてもチェスとプロジェクトマネージャ試験の共通点に目が行ってしまう。
最初は、プロジェクトマネージャ試験の勉強をしている最中だからこそ思いつく、牽強付会なこじつけなのではないかとも思ったが、考えていくうちにやがてプロジェクトマネージャ試験とチェスのあいだには私以外の人の目にも明らかなほど大きな共通点が2つあるのではないかと思えるようになった。
1つ目の共通点は、両方とも3つの局面に分けられることだ。
プロジェクトマネージャ試験が3つの独自な試験からなることはすでに説明したが(厳密には4つだが午前Ⅰ試験は他の試験と共通の問題が出るし、免除の制度もある)、チェスのゲーム(試合)もオープニング、ミドルゲーム、エンドゲームの3つの部分に分けられる。
チェスのゲームはオープニングと呼ばれる序盤戦で幕を開ける。
チェスの原型となるゲームは1,500年前のインドで生まれた「チャトランガ」であると言われており、16世紀に現在のルールが確立したとされる。
その間に膨大なゲームの記録が残され、研究が進められた結果として、チェスの序盤には「定跡」と言われる定番の指し手が確立されている。
定跡には、ルイ・ロペス(スペイン定跡とも言われる)、ペトロフ・ディフェンスなど人名から名付けられたもの、ジオッコ・ピアノ(イタリア語で「静かなゲーム」)、フォーナイツ・ゲーム(4つのナイトが3手目で出そろうゲーム)などコマやゲームの性質から名付けられたものなどがあるが、総じて名前がカッコいい。
ちなみに、私が見たドラマのタイトルにもなっているクイーンズ・ギャンビットも、クイーンサイドのポーンを前に進めるところから始まる定跡の名前だ。
オープニングの定跡は長い歴史のなかで多くのプレーヤーたちの研鑽が産んだ成果なので、正しい手・誤った手の判断が人によって分かれるということはあまりない。
プロジェクトマネージャ試験の午前Ⅱ試験が、正解・不正解が明確に決まる選択式の試験であるのと同じだ。
チェスのゲームで何手目までをオープニングと呼ぶかについて、厳密な定義はない。
すでに20手目までパターンが研究し尽くされている定跡もあれば、先攻の白が1手目を指した時点ですぐに未知の局面に入っていくような定跡もある。
そして、ボード上の戦況が複雑さを増し、定跡の知識だけでは対応できない局面に突入すると、そこからはミドルゲームと呼ばれる段階に移る。
ミドルゲームは、チェスゲームの中でも最も激しい攻防が繰り広げられる局面だ。
オープニングで駒の布陣を整えた両陣営がいよいよ敵陣に攻め込み、それと同時に自陣を守る。
自分の駒を犠牲にして相手の駒を取る「サクリファイス」や、射程の長い駒で相手の動きを封じる「ピン」などあらゆるテクニックを使いながら、駒同士の激しいやりとりを展開する。
オープニングでは定跡に従っていればある程度指し手のパターンはかぎられるが、ミドルゲームになれば局面はほぼ無限のパターンに派生していくため、自分自身で無数の可能性を取捨選択する必要がある。
問題を解くためのテクニックは存在するが出題のパターンが多く、毎回違った対応を求められるという点で、プロジェクトマネージャ試験の午後Ⅰ試験とチェスのミドルゲームは共通している。
オープニングの終わりに厳密な定義がないのと同じく、ミドルゲームがいつ終わるのかについても明確な決まりはないが、両者が最強の駒であるクイーンを失ったり、互いの残りの駒がわずかになってくると、エンドゲームという局面に入る。
エンドゲームはそれぞれの陣営にどの駒が残っているかで大きく展開が変わるため、ルーク・エンディング、ポーン・エンディングなど、残っている駒の名前で区別される。
チェスでは、ゲームの途中に両方のプレーヤーが合意すれば引き分けが成り立つほか、片方のプレーヤーがどの駒も動かせない状況に陥るとステイルメイトというルールで引き分けになるなど、将棋などと比べると引き分けという結果になる場合が多い。
そのため、エンドゲームに突入すれば、優位に立っているプレーヤーは引き分けではなく確実な勝利を目指して、緻密な手順で相手を追い詰めなければならない。
逆に、劣勢にあるプレーヤーは相手の攻撃の隙を見つけて逆転の可能性を探ったり、逆転は無理でもなんとか引き分けに持ち込むために抵抗を続けることが大切になる。
緻密な戦略を立て、最後までその戦略を一貫させるための高い論理性・集中力を求められるという点で、プロジェクトマネージャ試験の午後Ⅱ試験はまさに試験全体のエンドゲームであると言える。
プロジェクトマネージャ試験もチェスも、3つの局面に分かれているだけでなく、それぞれの局面で求められるものが(やや無理やりではあるが)共通していることがわかっていただけたと思うが、この2つのあいだにはもう1つ大きな共通点がある。
2つ目の共通点は、最後の部分から最初の部分へさかのぼって学んだほうが良い点だ。
チェスはエンドゲーム→ミドルゲーム→オープニングの順序で学習したほうが良く、プロジェクトマネージャ試験は午後Ⅱ→午後Ⅰ→午前Ⅱの順番で学習したほうが良いのだ。
もちろん、学習のスタイルには個人によって向き不向きがあるだろうが、それぞれの分野の専門家が、この順序で学習することを推奨している。
その理由については後編の記事で説明することとしたい(試験の結果が出るのは2021年12月17日なので、後編の記事がアップされる頃には結果がわかっているかもしれない)が、簡単に結論だけを述べておくなら「単純なものを深く理解すると、複雑なものでもひと目見ただけで理解できるようになる」という原理が両方に当てはまることが理由だ。
プロジェクトマネージャ試験の最難関である、最低2,000字以上の論文を2時間で書く午後Ⅱ試験が単純であると言うと違和感があるかもしれないが、求められる知識の性質は、実は3つの試験のなかで午後Ⅱ試験が最も単純であると言える。
余談であるが、試験勉強中にやりたくなったことを試験が終わってから始めたかどうかを書いて前編は終わりとしよう。