前回(シャショクの話)の続きで昔話です。
リブロワークスで制作しているようないわゆるIT書の源流は3系統あると思っていて、1つ目は古くからの理工学書の流れ、2つ目は70~80年代のマイコンホビー書の流れ、3つ目は90年代中盤からのパソコンブームから生まれたパソコン書の流れです。最後のパソコン書時代に市場が一気に広がったので、この頃業界に入った人も多いと思います。私もその一人でした。
※パソコンブーム:95年前後から、インターネット(正確にはWeb)やWin95が登場し、パソコンを買う家庭が急増してちょっとしたブームになった。ブラウン管内蔵の一体型PCが流行り、国民機のPC9801は9821キャンビーになり、IBM-PCはアプティバになり、少ししてオニギリ型の初代iMacが登場した。
パソコン書も今では理工学書やホビー書に近いものもありますが、初期の主役はWord、Excelなどのアプリ操作図解です。画面ショットと引き出し線、ミニコラムで構成されており、現在の具体的な例としては、インプレスさんの「できる」シリーズ、技術評論社さんの「今かん(今すぐかんたん)」シリーズ、秀和システムさんの「はじめての」シリーズ、SBクリエイティブさんの「1冊に凝縮」シリーズなどに該当します。
最初の印刷会社には3年半ほどいたのですが、DTPソフトを自己流で使い倒すのにも飽きた……というか成長限界を感じていました。辞める前に「一太郎検定」というワープロ検定問題集の組版を担当して「これなら自分でも書けるな」と思ってしまったことから、転職情報誌で探して、できたばかりのパソコン書出版社にするっと潜り込みました(今はもう存在しないので社名は伏せておきます)。
社内のうわさで聞いた話では、私の入社前までは、某出版社から依頼を受けてパソコン書を作っていた編集プロダクションだったそうです。商社出身の社長がやり手で、うまいこと出版社化したらしいです。ともかく、私の入社した時期に出版物第一弾(たしか?)の『超図解 一太郎7』が作られていて、私は「一太郎に詳しいやつが来る」という触れ込みになっていました。
その会社の制作体制はちょっと変わっていて、基本外部ライターは使わず(編プロ時代に何かあったとか)に別業界から若者を雇って社員ライターに育てるという方針を取っており、いろんな業界から20人ほどが集まって本を作っていました。机の上にはWindowsパソコンと、DTPソフトのQuark Expressが入ったMac(不安定で有名なOS8~9)が1台ずつ置いてあって、「この本のこの章を担当して」と指示されたら、卓上で画面ショットを撮って、すぐにQuark上でレイアウトしながら原稿を書いていました。要するに、各人が章単位でライターとオペレーターを兼任していたわけです。
複数人でライティングすると、当然ながら内容が不統一になります。しかし、別業界から集められた若者たちがその問題に気付くわけもなく、当初は章ごとにサンプルも書き味もバラバラでした。統一するために、メンバー数人で回し読みしたこともありましたが、バラバラな方針で他人の原稿に赤字を入れるので、まったくまとまらず……(思い付きの指摘が大量に入るので、思い出すと今でもイヤな気分になります)。途中である人が「リーダーが構成を決め、全ページをチェックする」という画期的?な方針を提案し、そこでようやく1冊として統一された本が作れるようになりました。今考えると当たり前だろそれは……と思うのですが。
この会社の方針としてもう1つ印象に残っているのは、「フルカラーパソコン書ブーム」を起こしたことです。理工学書やマイコンホビー書の頃は需要も小さめで、安価な1色刷りや2色刷りの本が多かったのですが、それをフルカラー(CMYK4色刷り)で発行したのです(ひょっとするとできるシリーズのほうが先かも? 当時は社外を見る余裕がなかったのでよくわかりませんが、だいぶ激しい競争があったようです)。爆発的なパソコンブームに後押しされた結果、1冊作ればふつうに数万冊売れたので、十分元が取れたのですね。今もアプリ操作図解はフルカラー印刷が一般的ですが、この時代が起源のはずです。まぁ遅れてきたバブルのような勢いがありました。
徹夜もよくしたけど、たまに丸一日ヒマな日もあったり。これって業界が景気がいいときの証拠なんですよね。景気が悪い時代はずーっと同じように忙しい。
パソコン書を作るという仕事はとても性にあったので、その会社には5年ちょっと勤めていました。終盤で新しく「読者サポートセンター」という部署ができ、そこの主任になったのですが、半年ほどして「やっぱり好きなように本を作りたいなぁ……」と思って辞めてしまいました(他にも、全盛期の同僚がいつの間にか退職していたとかいろいろ要因ありましたが)。
辞めたあとは6年ほどフリーライターをしていたのですが、その話はまた改めて(昔話はそこで終わりの予定です)。フリーをやめてリブロワークスの立ち上げに参加する少し前に、その出版社がなくなったという知らせを聞きました。とはいえ、他の出版社に移った人も何人かいるし、ライターをしている人もいるし、超図解シリーズ自体もある出版社さんに買われたそうで、今でも影響は残っているのです。
この出版社時代に後にリブロワークスを立ち上げた小山と知り合ったこともあって、リブロワークスにも大きな影響があります。業界未体験のITエンジニアを入れてライター/編集者に育てるあたりはそのまんまですね(理由は微妙に違うのですが)。ただ、ライターとDTPオペレーターを兼任させるのは効率が悪すぎてマネしませんでした。それと、時代が違うせいか、会社の雰囲気はあまり似てない気がします(むしろ合併した今のほうがノリが似ているかも)。